General-IDのブログ

神戸で感染症内科医をやっています。日々勉強したことを共有しています。基本的に、感染症に関連した内容です。所属施設の公式見解ではありませんので、その点はご了承ください。

気道感染症の抗菌薬適正使用に関する提言について:急性気管支炎編

【「気道感染症の抗菌薬適正使用に関する提言」への感想第3弾】

 

原因微生物は、基礎疾患や合併症の有無で分けて考える必要がある、というところはよいと思います。

 

基礎疾患がない場合または軽微である場合、基本的に急性気管支炎に対する抗菌薬は不要であり、今回の「提言」の内容は、基本的に「手引き」(注:抗微生物薬適正使用の手引き 第1版)の内容と同じになっています。

 

例外として、記載されている疾患に、「提言」と「手引き」で少し違いがあります。

 

「手引き」では、百日咳が挙げられています。発症から3週間以内に抗菌薬治療を行うと症状改善早め(カタル期:最初の1-2週)、感染伝播を抑制する効果があります。感染伝播を減らすため、症状が持続している場合は(一定の条件を満たした場合は)、6週間以内であれば考慮してもよいとされています。

 

「提言」では、マイコプラズマによる急性気管支炎では、抗菌薬の必要性を支持する根拠は乏しいとするも、接触歴から強く疑い場合は、咽頭ぬぐい液のLAMP法で診断し(抗原検査も提示していますが、これは検査精度の観点から不適切と思われます)、マクロライド系抗菌薬による治療を考慮するとしています。これについては、いわゆるevidenceはない領域ではありますがが、肺炎と気管支炎の鑑別が、症状と胸部レントゲン写真のみで行うことが困難である状況があることなどから、接触歴+LAMP法陽性であれば、治療の適応としてもよいかもしれません。ただし、安易な抗菌薬処方は控えたいところです。

 

続いて治療薬の選択が記載されていますが、百日咳の治療に、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンのすべてが提示されています。これは併記する必要はなかったのではないかと個人的には考えます(百日咳の治療は、(1)に詳しく記載されています)。

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エリスロマイシンは、1回500mg 1日4回 14日で、投与回数と投与日数が多いことと、1回投与量が、国際的な投与量と「提言」で提示されている投与量が異なること(日本の添付文書では、1200mg/日が上限で、適宜増減可、されていますので、2000mg/日は許容されるかもしれませんし、されないかもしれません)、消化管に関連した副作用が多いこと、そもそも採用している病院が少ない可能性があること、などのため、候補として記載する必要はなかったと思います。

 

クラリスロマイシンについては、1回500mg 1日2回が国際的な投与量でありますが、ここで提示されているのは、1回200mg 1日2回という非常に少ない投与量です(日本の添付文書では、400mg/日が上限で、適宜増減可と記載されています。1000mgは保険で認められることはないと思います)。また、7日間の内服が必要ですので、アジスロマイシンより推奨される理由はありません。

 

アジスロマイシンの投与方法にも問題があります。徐放製剤2g 単回投与ですが、これは一般的な百日咳の治療方法と異なります。初日500mg内服し、翌日から250mg/日を4日間(合計5日間)内服する方法が推奨されています。日本の添付文書にこの方法で記載はないため、1回500mg 1日1回 3日間、が現実的かもしれませんが、2g単回投与は、消化管への副作用も多く、効果の検証がされてないため、避けたほうがよいと思います。また、コストも2g単回投与が最も高くなっています(2g単回1990円、500mg 3日間1338円)。少なくとも、複数の内服方法を記載すべきだと思います。

 

その後、急にウイルス感染後の細菌に二次感染(小児)、という項目が出現し、アモキシシリン(AMPC)、AMPC/CVA、第3世代経口セフェムが併記されており、唐突な感じがしますし、どのような状況か不明です。続いて、細菌性気管支炎を、市中肺炎に準じた治療を行う、としていますが、基本的に抗菌薬は不要のはずです。肺炎であれば抗菌薬が必要であることと、肺炎と急性気管支炎の鑑別が難しい状況があることは確かです。本文中に、鑑別方法について記載するにとどめて、「治療薬の選択」の項目に記載しないほうがよかったと思います。この記載によって、細菌性気管支炎かもしれないので念のため抗菌薬を処方する、というpracticeが行われる危険性があり、これは現在世界規模で進められているAMR対策と逆行します、あえて学会がそのようなことをする必要はないし、すべきではないと思います。

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「基礎疾患がある場合」も、英国のevidenceでは、抗菌薬の処方は効果が認められなかったと記載しつつも、慢性呼吸器疾患に合併した細菌性気管支炎に対して、抗菌薬処方を推奨しています。COPD急性増悪の場合、症状の重症度やCRP値(最近NEJMでRCTが発表されていました)をみて、抗菌薬の適応を考えますので、間違いではないのですが、それを「細菌性気管支炎」と表現するのは、あまり適切ではないかもしれません。COPD患者では、細菌性気管支炎だから治療、ではなく、COPD急性増悪で一定の条件を満たした場合に予後が改善するので、抗菌薬を使用するわけであり(もちろん多くは細菌による気管支炎が存在するのですが)、もう少し正確に記載したほうがよかったと思います。

 

また、気管支拡張症や間質性肺炎進行期の場合は、画像から肺炎と気管支炎の区別は困難(もともと浸潤影や網状影が高度であるため)であるので、喀痰検査で細菌性が疑われれば、それは気管支炎ではなく、肺炎として治療しますので、それは「細菌性気管支炎」だからではないと思います。

 

そもそも定義がはっきりしない「細菌性気管支炎」に対して、抗菌薬を使用しましょう

という推奨ではなく、COPD急性増悪で一定の条件を認めたら抗菌薬治療、気管支拡張症などで症状と喀痰検査から肺炎の可能性が想定されたら、抗菌薬治療、としたほうが、よいと個人的には考えています。

 

さらに、抗菌薬の選択肢に、フルオロキノロン5剤、AMPC/CVA、セフジトレン・ピボキシル、ユナシン錠、アジスロマイシン2g単回投与、が記載されています。標準的なフルオロキノロンは、レボフロキサシンとモキシフロキサシンであり、すべてを併記する必要はありません。また、セフジトレン・ピボキシルやユナシン錠(スルタミシリンというほぼ使用されていない薬剤、PubMedで検索しても古い論文のみ、ちなみに吸収は60-75%だそうです:PMID: 2661196)は、使用する医師はほとんどいないため、あえて記載する必要もなかったと思います。

 

【まとめ】 

以上から、ウイルス性気管支炎、百日咳、マイコプラズマ感染症の治療適応についてまでは、納得できる内容だったのですが、抗菌薬の選択の一部が不適切であること(なんでもかんでも併記すれがよい、ということではないと思います)、マイコプラズマ肺炎や慢性呼吸器疾患のある患者の急性気管支炎に対する抗菌薬使用の考え方の記載が不足していること、が問題だと感じました。

 

 

【参考】

1. 百日咳の総説 CDC https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5414a1.htm