General-IDのブログ

神戸で感染症内科医をやっています。日々勉強したことを共有しています。基本的に、感染症に関連した内容です。所属施設の公式見解ではありませんので、その点はご了承ください。

気道感染症の抗菌薬適正使用に関する提言について:急性鼻副鼻腔炎編

【「気道感染症の抗菌薬適正使用に関する提言」(日本感染症学会 2019.8)に対する感想】

 

3回に分けて感想(意見)を述べます。1回目は、主に急性鼻副鼻腔炎についてです。2回目は、急性咽頭炎扁桃炎、3回目は、急性気管支炎の項目についてです。

 

注意:ここでは、気道感染症=「急性上気道感染症と急性気管支炎」です

 

【導入】

厚生労働省から出された「抗微生物薬適正使用の手引き 第1版」(以下、「手引き」)を基本として作成された提言であるが、「手引き」の内容を越えず、また改悪している部分もあるため、総じて読む必要性の低い提言と思いました。以下、いくつか感じたことも記載します。

 

【学会ホームページのコメントについて】

「基礎疾患を有する宿主、高齢者・誤嚥合併例などにおいては、ペニシリン以外の抗菌薬投与を考慮しなければいけない症例が多数存在します。そのような宿主に対する処方に関しては、日本感染症学会・日本化学療法学会が発行している感染症治療薬ガイドなどに解説されているところです」という記載があります。

 

ペニシリン以外の抗菌薬投与を考慮しなければいけない症例が多数存在する、ということはありません。ほとんど抗菌薬は不要、かつ、必要な場合でも、ほとんどのケースで、アモキシシリン(AMPC)またはアモキシシリン・クラブラン酸(AMC/CVA)で対応可能です。

 

【急性鼻副鼻腔炎

診断と重症度判定・抗菌薬治療適応は、これまでの海外のガイドラインや「手引き」の内容と同じで、BLNAR型インフルエンザ桿菌が日本は多いというところまでは納得できる内容でした。しかし、急に根拠が不明な図4(急性鼻副鼻腔炎診療アルゴリズム)が出現します。中等症・重症の場合でBLNARが強く疑われる場合、最初から第2選択の第3世代セフェムやレスピラトリーキノロン・テビペネム(経口のカルバペネム系抗菌薬)を使用することが推奨されています。

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急性鼻副鼻腔炎の原因微生物の日本の疫学の記載はなく、本当に日本で起こる治療対象となる急性鼻副鼻腔炎(治療適応となる副鼻腔炎は比較的稀です)で、BLNAR型インフルエンザ桿菌がどの程度の割合を占めるのか記載がありません。また、引用されている第3世代経口セフェムの効果を示した論文は、ペニシリン系(主にAMPC/CVAと比較)と同等の効果しか示していません(1, 2)。さらに、どのような場合にBLNAR型インフルエンザ桿菌を疑うか記載していないため、いつ第3世代セフェムを最初から使用したらよいかわかりません。さらにさらに、BLNAR型インフルエンザ菌が増えたとする根拠が、2011年に発表された小児の鼻咽頭に保菌されている細菌のdataであり、根拠になっていません(3)。

 

経口カルバペネム系抗菌薬であるテビペネム・ピボキシルは、根拠となるデータは提示されていませんので、完全に現在推奨されている薬剤耐性菌対策に逆行しています。

 

本文中の抗菌薬選択は、アモキシシリンが基本となっており、これは「手引き」と同じ内容、かつ、実際の日常診療と現在までの数多くのevidenceに合致します。しかし、その他の薬剤として、ピボキシル基がついている第3世代経口セフェム3つとレスピラトリーキノロン5つが併記されています。レスピラトリーキノロンは、急性鼻副鼻腔炎で、代替薬がない時以外は、使用しないことが強く推奨(「警告」内に記載されている薬剤です。副作用についての懸念を付記して、選択肢は使用経験の多いLVFXのみにとどめるべきだと思います。小児の治療の項目でも、ピボキシル基がついている抗菌薬をたくさん推奨薬として列挙しています。低カルニチン血症と低血糖について注意として記載はありますが、evidenceも十分ではなく、副作用の懸念が呈されている薬剤をたくさん列挙することは、提言としての質を落としていると思います。

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【まとめ】

シンプルに、第1選択アモキシシリン、治療がうまくいかない場合は、その原因を検討し、必要であれば第3世代セフェム・レスピラトリーキノロンなどを考慮する、という内容でよいと考えています。

 

 

【参考文献】

1. A Randomized, Double-blinded, Open Label Study of the Efficacy and Safety of Cefcapene Pivoxil and Amoxicillin·Clavulanate in Acute Presumed Bacterial Rhinosinusitis
Clin Exp Otorhinolaryngol. 2011 Jun;4(2):83-7.
doi: 10.3342/ceo.2011.4.2.83
PMID: 21716955
https://www.e-ceo.org/journal/view.php?id=10.3342/ceo.2011.4.2.83
★急性細菌性鼻副鼻腔炎の治療で、フロモックスとオーグメンチンは同等


2. Efficacy of cefditoren pivoxil and amoxicillin/clavulanate in the treatment of pediatric patients with acute bacterial rhinosinusitis in Thailand: a randomized, investigator-blinded, controlled trial.
Clin Ther. 2008 Oct;30(10):1870-9.
doi: 10.1016/j.clinthera.2008.10.001
PMID: 19014842
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0149291808003226?via%3Dihub
★急性細菌性鼻副鼻腔炎の治療で、メイアクトとオーグメンチンは同等


3. Recent Changes in Nasopharyngeal Flora of Children in Japan
Adv Otorhinolaryngol. 2011;72:176-8.
doi: 10.1159/000324789
PMID: 21865722
★日本の小児の鼻咽頭の保菌の疫学の推移(2001年から2009年)