General-IDのブログ

神戸で感染症内科医をやっています。日々勉強したことを共有しています。基本的に、感染症に関連した内容です。所属施設の公式見解ではありませんので、その点はご了承ください。

血液培養陽性例における原因菌同定と薬剤感受性試験結果が早く出ることによってどのような効果が得られるか?

前提条件として、MALDI TOF MSの導入と充実したASPが存在する場合、血液培養陽性例でADXより早期に同定・薬剤感受性結果が出ても予後は改善しない

 

血液培養陽性例におけるAccelerate Pheno system(ADX)の導入の効果を検討した観察研究。ADXによって、90分以内菌種の同定が可能となり、7時間以内に薬剤感受性試験結果が得られる。これは、これまでの限られた薬剤耐性markerの有無を評価して、耐性菌かどうかを判定していたものとは異なっている(ADXでは各抗菌薬のMICも判明する)。

 

【方法】

ドイツの1464床の大学病院で実施。血液培養陽性例を対象とした。除外基準は、Candida、GPR、GNC、S. aureusが臨床的に示唆されないGPC cluster、Enterococcusが臨床的に示唆されないGPC chain、小児。contamination、5日以内の死亡、ADX panalに含まれていない細菌、嫌気性菌、(ADX使用群)ADXで同定または薬剤感受性結果がでなかったもの、も除外された。

 

従来の微生物検査でASP(抗菌薬適正使用支援)なし(従来群)、従来の微生物検査でASPあり(ASP群)、ADXの使用でASPあり(ADX群)、の3群で比較。

 

従来の微生物検査は、MALDIによる同定とVITEK2による薬剤感受性試験が含まれた。血液培養陽性→グラム染色→平板培地にsubcultureと直接薬剤感受性試験(preliminary antimicrobial susceptibility testing)を行い、かつ、4-6時間後に十分発育した場合は、そのコロニーをMADL TOF MSを使用して同定し、VITEK2で薬剤感受性試験を行う(つまり、通常の日本の検査室よりもかなり早く結果がわかる可能性がある、という条件)。コロニー形成が不十分であれば、夕方に同定検査と薬剤感受性試験を開始し、翌日に結果がでる(亀田総合病院はこの条件でした)、というもの。

 

ASP感染症科コンサルテーション)は、2人の感染症医が担当し、月から金曜日の午前8時から午後5時まで稼働した。ASP群では、血液培養のグラム染色施行から2時間以内にbedsideでの診察によって、患者の評価を行い、抗菌薬の推奨を行った。菌名同定、薬剤感受性試験結果がでた段階で、もう一度診察し、最適治療の推奨を行った。

 

ADX群では、稼働時間の関係で、日勤帯終了後から午前8:30までに陽性となった症例のみADXを施行した。ADXで菌名が同定できた段階でベッドサイド回診を行い、その時点での最適治療を推奨、その後薬剤感受性試験結果がでた段階(同日午後)で、必要があれば最適抗菌薬への変更を打診した。それ以外の症例では、ASP群と同様。

 

微生物検査室は、月からも金曜日の午前7:30から午後6時、土曜日と日曜日の午前8時から午後2時に稼働した。

 

primary endpointは、適切または最適またはstep-down抗菌薬治療までの時間。secondary outcomeは、抗菌薬消費量(各抗菌薬class別)、病院内死亡率(7日、28日)、入院期間、C. difficile感染症の発症率。

 

【結果】

204名の患者を対象とした。従来群64、従来+ASP群68、ADX群72。3群の患者profileと基礎疾患に差はなかった。菌種は、S. aureus 25%、E. coli 24.5%、Enterococcus spp. 19.7%だった。UTI 30.4%、腹腔内感染症19.1%、CRBSI 14.2%、皮膚軟部組織感染症 10.3%、肺炎6.4%、IE 2%。院内感染が74.5%。これらも3群間で差はなかった。ADXの精度は、75.5%で菌種同定かつ薬剤感受性試験結果が判明した(これらが出たものを今回の解析に使用している)。

 

ADX群は、グラム染色(≒血液培養ボトルが陽性となり、それを培養から取り出したタイミング、夜間に陽性になった場合、グラム染色を行うのは翌朝であるので、血液培養が陽性となったタイミングとしていないのだと思われる)から菌名同定までの時間を、ASP群と比較して、有意に短縮(23時間 vs 2.2時間)、薬剤感受性試験結果も有意に短縮(23時間 vs 7.4時間)、グラム染色から最適抗菌薬投与までの時間を有意に短縮(11時間 vs 7時間)、step-down抗菌薬(定義がsupplementalに記載があるため、わかりません)治療までの時間も有意に短縮した(27.8時間 vs 12時間)。グラム染色から「適切な」抗菌薬投与までの時間は同等だった(4.3時間 vs 2.8時間)が、経験的治療が不適切であった群に限ると、適切な治療までの期間は有意に短縮した(9時間 vs 7.5時間)。総抗菌薬消費量は同等であったが、ABPC/SBT(またはAMPC/CVA)の使用が減少し、抗MRSA薬の使用が増加、セファロスポリン・PIPC/TAZ・カルバペネム・フルオロキノロンは同等であった。院内死亡率、入院期間、CDIの発症率は同等であった。

 

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【結論】

ADXの導入によって、最適抗菌薬投与までの時間が短縮されたが、適切な抗菌薬(原因微生物をカバーできる治療、だと思われる)までの時間は同等であり、治療成績の改善はなく、抗菌薬消費量も減少しなかった。

 

【Limitation】

観察研究(before-and-after study)、ASPの質が高い(一般化は難しい)、MALDI TOF MSをもともと導入(一般化は難しい)、解析から除外された症例が非常に多い、

 

【解釈】

早期に同定・薬剤感受性試験結果がでる場合、最適な抗菌薬投与までの期間が短縮するというある意味当たり前の結果であったが、死亡率(正確には致死率)・入院期間・CDI発症などで差を示すことはできなかった。適切な抗菌薬使用までの時間は3群で同等であったため、致死率に差がでないことは納得できる(もともと外さないような広域抗菌薬で治療開始しているものと思われる、または耐性菌が低い施設であることによると思われる)。

 

また、従来群であっても、MALDI-TOF MSを導入して(かつ、preliminary antimicrobial susceptibility testingを施行、かつ可能であればVITEK2で薬剤感受性試験を施行)、さらにASPがしっかりと機能しているというかなりの好条件であるので、比較的早期に、菌種推定や薬剤感受性の推定がある程度正確に行うことができる。そのため、差がでなかったのかもしれない。実際の同定までの時間差は、ADX群で約20時間早く、薬剤感受性試験結果は、ADX群で14時間早かった。

 

広域抗菌薬の使用量が減少しなかったことは、もともと耐性率が低くて広域抗菌薬が必要な状況が少なく経験的治療で使用されない、逆に耐性菌が多くてそもそも広域抗菌薬が最適治療である、(観察研究のため)ADX導入後の時期に各細菌の耐性率が高くなっていた、などの理由も想定される。耐性菌率がそれほど高くなく、広域抗菌薬が経験的治療で使用されることが多い病院であれば、広域抗菌薬処方量は減ると思われる。

 

早く結果がでるに越したことはないが、血液培養の同定・感受性試験結果が、陽性報告の翌日にでるという条件の場合、MALDI TOF MSの使用と機能しているASPがあれば、敢えてこの機械を導入する必要はないのかもしれない。また、ADXではない別の方法を使用して、ADXと同様にその日に薬剤感受性を出す必要はないのかもしれない。ADXのコストがどの程度が気になるところ。

 

MALDI+ASPという好条件がそろっていないところでは、ADX(またはそれに準じた検査)によって、患者の予後がよくなる可能性があるが、それもまた検証が必要である。検査室内で最適と「思われる」抗菌薬が判明したとしても、それが臨床側の行動変容を起こすとは限らない。また、血液培養で検出された細菌のみを治療すればよいわけではない症例も多く、それらは診察によって検討されるべきものであるので、focusや重症度を検討するのに十分な質の診察をする医師がいなければ、それは真に「最適」とは言えない。

 

というわけで、臨床側、特に感染症医によるASPと、微生物検査室の協力がとても重要であり、どちらかだけ存在していても、不十分であるということ、もしよい協力関係があれば、グラム染色から24時間程度で、菌名・薬剤感受性結果がわかる環境(つまり、血液培養陽性報告をある日の午前中に受けた場合、翌日朝一番に菌名と薬剤感受性試験結果が判明している)が実現できれば、現時点で最良な医療が提供できる可能性が高く、あえてADXを導入する必要はない、というのが結論と思われる。

 

繰り返すが、ASP群では、MALDI TOS MSの使用とbedside回診を含む感染症医によるASPが行われていたことから、この報告の結果を、一般の日本の病院(感染症医によるASPなし、MALDIなし)に適応することは、適切ではないと考える。各病院の人的資源やシステムの状況に応じて、それに合った同定機器を導入することが望ましいと考える。

 

 

 

Clinical Impact of Rapid Species Identification From Positive Blood Cultures With Same-day Phenotypic Antimicrobial Susceptibility Testing on the Management and Outcome of Bloodstream Infections
Clin Infect Dis. 2019 May 16. pii: ciz406
doi: 10.1093/cid/ciz406
PMID: 31094414

https://academic.oup.com/cid/advance-article-abstract/doi/10.1093/cid/ciz406/5490085?redirectedFrom=fulltext#supplementary-data